Tuesday, 22 March 2011

The great Earthquake-Day 12-

3/22
この地震で思う。

我々は傲慢すぎた。

望むものすべてが手に入るのが当たり前だと思っていた。

不自由ない生活を享受することに対して、感謝の念を忘れていた。

今まであったものが、無くなったとき、人は慌てふためき、路頭に迷う。

そして、今までの生活を守るため、パニックを起こす。


蛇口をひねれば出る水道、

スイッチを入れればつく電球、

流せば目の前から消える下水道、

踏めばどこまでも走る車。




それがどこから来ていて、どこへ流れていくのか。



目の前から消えれば、目に見えないからいいのではない。
車を走らせるガソリンは、遠く中東から運ばれ、明るい電気は原子力発電所からきていて、
そんなことも知らずに、
責任も持たずに、
無尽蔵にあるものと思い使っている我々は、自分自身を恥ずべきだと思う。



東京電力の原発事故はあってはならない人災である。
しかし、原発を必要としたのは、快適な生活を要求した我々消費者である。
そのことを忘れて欲しくない。
この問題は決して人事ではないのだ。

2 comments:

Chaoting said...

I agree with U
今までの生活は幸せすぎると思う。
ミルクは東南アジアへ旅行しに帰ってきたときも同じことを思った。

Youngman said...

幸せな生活に慣れすぎて、感覚がおかしくなっちゃったね。